Bandowz

俳優、ほとんど声優の坂東尚樹です。

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「T診療所」デビュー!

 というわけで、本当は収録のあるはずだった7月17日の午後、私は有楽町駅に降り立った。「T診療所」に行くためである。「T診療所」とは?「声」を商売道具にしている者なら1度はその名を耳にした事があるというくらい超有名な耳鼻咽喉科である。 先代の院長先生はご自分でも歌唱をたしなまれ、その確かな技術でオペラ歌手の方々にはカリスマ的人気があったそうだ。私自身、この仕事を始めて以来あちこちでその名を聞き、いつかは行く事になるかもしれないと思っていた。今は代替わりしてご子息が継いでおられるという噂だったが、ついにその時が来てしまったのである。 災害認定されそうな猛暑の真っ只中。道行く人はみなアスファルトの照り返しに顔をしかめていたが、仕事に穴を開けて動揺していた私にはあまり感じられない。私は足早に「T診療所」があるという駅前のビルの地下フロアに向かった。 そのフロアには病院や診療所の集まる一角があって、「T診療所」もその中に混じっていた。「T」とは別のビルの名前なのだが、あまりにもその名で周知されてしまったために、移転後も前のビルの名前を残さざるを得なかったと、あ、その話、看板に書いてあるわ。 ほとんど昼イチだと思っていたのだが、入ってみると待合室はもう8割方埋まっていた。と言っても小さい診療所だから10人いるかいないか。外の廊下に椅子が何脚か並べられていたから、ピーク時にはそこまであふれるのだろう。待ち時間の長さを覚悟する。 あらためて見回してみると、こっちの世界で有名だからと言って全ての患者さんが声の関係者というわけではなさそうだった。中には工事現場の作業服姿の人もいたりする。健康保険証を出して「問診票」を書かされるのも他の病院と変わらない。 ようやく名前を呼ばれたと思ったら診察室の前で「問診票」を確認するための予備診察だった。ナースとは違う制服でインターンか医師なのだろう。ものすごく仕事のできそうな女性がものすごいスピードで質問を浴びせかけてきた。良く聞くと「問診票」の内容を再確認なのだが、あまりにも矢継ぎ早なのでいくつかの質問はは聞き取れず、適当に答えてしまった。 やっと解放されて待合室に戻ってみると患者さんが増えていた。立って待っている人までいる。さっきの早口は無愛想とか機械的と言うのではなく必要なスピードだったらしい。多分あのスピードで片っ端から処理していかないと間に合わないのだ。 2度目に呼ばれてようやく「診察室」に入ってみると、2代目とおぼしき先生がいらした。案の定、すでに疲れてご機嫌斜めに見えた。 とりあえずそれまでの流れを説明して「呼吸器科」で処方されていた薬を渡して見てもらう。ちょっと強い薬だと聞いていたから念のためにお伝えしたのだが、今思い返してみるとソレが良くなかったのかもしれない。 並んだ薬をぱぱっと見渡すと先生は言った。「はあー、なるほど、では見てみましょう」 いきなり固い棒状の道具が出てきたがどうやら「内視鏡」らしかった。「はい体を前に倒してー、イーって言ってー」「い~~~~おえっ」 余談だが、私は人より「嚥下反応」が早いらしい。 食べ物を食道に送り込むと人よりも早く「ゴクン」が始まってしまう。単なる体質的な問題なのだが、どう言うわけだか「内視鏡」を使う先生にはこの反応を毛嫌いする人が多い。ちょっと差し込んで「おえっ」となると「ちっ、何だよ根性ねーな」みたいな雰囲気になってしまう事が多いのだ。「棒カメラ」では上手く撮れなかったのかどうか、今度は細くて柔らかいヤツが出てきた。それが噂の「ストロボ・スコープ」らしかった。「声帯」の動きをスローモーションのように観察できる内視鏡である。「はい力抜いて力抜いて力抜いてー……」「ストロボ・スコープ」は「胃カメラ」や「棒カメラ」に比べるとずっと細くて柔らかいのだが、差し込まれればやっぱり違和感がある。で、ちょっと「おぇっ」となってしまって、やっぱり嫌な空気になってしまった。「舌打ち」が聞こえたのはきっと気のせいだが、小さなため息ははっきりと聞こえた。そんなこんなで「観察」は早々に切り上げられてしまった、ような気がする。 駄目な患者でスミマセンと気持ちが縮んできた。 苦労して撮った「声帯の画像」はかなり傾いていて、素人の私も気に入らないくらい見づらかった。「んー、咳が激しかったんですよね?」「はい」「確かに腫れていますねえ」「腫れている場所は……」「話 最後まで聞いて!」 私の質問をぴしゃりと制して続けられた先生のお話によると…… 確かに気管支内が腫れはあるが、それだけではなく「食道近く」にも腫れがある。もしかすると激しい咳で少量の胃液逆流があって、それが気管支内に入ってしまったのかもしれない。そんなこんなで腫れた範囲が広くなって「声」にも影響が残っているのではないか、という見立てだった。「そんな事があるんだろうか……?」 何だかスッキリしなかった。自分が現に困っている症状と聞かされた状態がストンと一致しないのである。でも何か聞いてまたキレられるのは嫌だから黙っていた。で、結局、「消炎剤」と痰を切れやすくするための漢方薬をありがたくいただいてビルを出る。 病気の様子がわかったにしては何だか気持ちがギスギスしていた。 帰路、経過報告がてら、そのまま事務所に行ってしゃべってみる。 入ったばかりの事務所だからデスクの女性陣は皆私の地声に慣れていなくて、一様に「だいぶ良くなりましたねー」とい言ってくれた。しかし、つきあいの長いベテランマネージャーに話しかけたら途端に「まだちょっと残ってますねえ……」と顔が曇った。 微妙ではあるが、少なくとも「問題ありません」と胸を張って言える状態ではない。話し合いの結果、新規の仕事は全面ストップと決まった。急な休みが続けば会社の信用に関わるのだから致し方ない。 自由業の厳しさがひしひしと身に沁みてきた。(続く)

決断! …って遅いよ

 7月12日金曜日、事務所にて来週早々の仕事の台本とビデオを受け取る。「妖怪ウォッチ」は無茶な発声が必要になる場合が多いから発症後すぐ病院に行ったのだが、こんなに長いこと治らないとは思わなかった。 恐る恐る台本を開いてみると……、あーキツい「役」だー。 一応事務所には調子が悪い事を伝え、万一の場合は先方に連絡してもらうよう段取りを決める。 しかし、事ここに至ってなお、私は「風邪」が元の「咳ぜん息」が悪さをしているものと信じていた。なぜなら数年前に風邪がこじれておかしくなった時、「N呼吸器科」のN先生の見立てが速くて正確だったからだ。 今回も、元の「咳ぜん息」さえ治せばそれにつれて症状も改善すると信じていたのだが…… 7月16日月曜日、「万一」って割と簡単に起きるんだね。 間に合わなかった。 真面目に薬を飲み続けて悶々と土日を過ごすも「声」の状態は改善しなかった。かつてこんなに長く不調を治せなかった事が無かったので判断が遅れてしまった。 週明け朝イチで事務所に連絡。収録不可能を先方に連絡していただき、他の受注も一旦ストップする事になる。 生まれて始めて自分の体調で「本番」を休む事になってしまった事態が信じられなくてちょっとぼんやりしてしまう。が、こうなってしまったからにはしかたがない。まさか「抜録り」まで休んだらシャレにならないから、最速で症状を改善する道を選ばなくてはならない。 となると「あそこ」しかないだろう。 そう、いよいよ「あそこ」である。 翌7月17日、 本当は収録のあるはずだったその日、私は有楽町に向かった。「声関係」の仕事をしている人なら1度はその名を耳にしているであろう超有名耳鼻咽喉科「T診療所」で診察を受けるためである。「N呼吸器科」では「出した薬を使い切ったら来るように」と言われていたのだが、これほどまでに治らないからには、どこかがピンポイントで悪い方に定着しているに違いないのである。そこがどうなっていてどうすれば良いのか? 是非とも確かめなくてはならない。「N呼吸器科」で処方された薬を抱えて、私は「T診療所」の待合室に入った。 ……と、ここで、「何でプロが自分の声の調子もわからないんだよ」と思った方に弁明しておきたい。 私は声優の中でも「1声型」ではなく「7色型」なのである。「ああ あの声」ではなく「え、あの役も?」というタイプなのだ。 で、 発声器官のコントロールで日常的に5人くらいを出し分けていると、部分的に調子が悪いくらいだったら何の問題もなくできてしまう「役」があったりするのである。 一旦お引き受けしたお仕事をキャンセルするくらいだったら、多少調子が悪くても無理してその日に強行してしまった方が迷惑度はずっと低い。そう思うとついつい強行しがちになってしまう。 今回不調なのは、音程で言うと中音域から高音域に移行する途中である。いわゆる「ミドルボイス」もかすれて途切れてしまう状態だから「歌手」だったら「ライブ中止」もやむなしだろう。だが「声優」としては? 5人中たった1人だけが働けない感じになってしまうのだ。 そんなこんなで、自転車操業の貧乏声優としてはまことに決断しにくい状態であった事をご理解いただけたらと願う今日この頃なのである。(続く)

「声帯結節」になりました

 今年の夏はいきなり酷暑で始まった。 元々「寒暖差」には弱いと言うのに、行き先によってエアコンの効きがまるで違うものだから、どんなに注意していても体調が崩れ気味になってしまう。乾燥と湿気の断続で声の調子が維持できない。で、6月の最終週だったか7月の頭、まあとりあえず部屋の掃除でもしておくかと思い立つ。 最初はマスクをしてあちこちのほこり取りなどしていたのだが、その内暑くてマスクを外してしまった。 今にして思えばそれがいけなかったのかもしれない。 7月6日前後、「喉」が痛みだし「咳」が出始める。7月5日の「本番」までは普通にしゃべれていたのだから、その後急速に何かが進行したのだろう。「痛み」は鼻孔と喉が奥で交わる辺り、いわゆるアデノイド周辺だ。「痛み」と「咳」以外の症状が無い事にもっと気を回せば良かったのだが、まあいわゆる「風邪」の時の痛みと同じだったからとりあえず近所の内科に行く。この時はまだ「こういう時は早めに対処しておかないとね」くらいにタカをくくっていた。「風邪らしいんですが」「ここんとこ多いんですよ。エアコンが急に入ったからでしょうねえ」「じゃあまあそういう事で」 と「消炎剤」を出してもらう。 処方された薬を飲む。が、あんまり効かない。 そうこうしている内に「痛み」は「気管全体の痒み」に変わり、「咳」が、今まで経験した事の無いレベルに進行した。急に奥からはい上がるように気管が痒くなってヒューヒュー鳴ったと思ったら爆発的に咳が出て止まらなくなってしまうのである。 かつてない個所が炎症している感じ。それで眠れない夜が2、3日続いた。 すでに「声」が変わり始めて焦る。来週早々の本番までに治そうと思ったら今の内に積極的な治療をしなくてはならない。しかし、この時点でもまだ私は何かの「一時的な症状」だと思っていた。 7月10日、ここで失敗の2つ目。「一時的な症状」なら原因を叩こうと思って「呼吸器科」に行ってしまったのだ。この時点で「発声」を診てくれる耳鼻咽喉科的に行っていたら、事態はもう少し何とかなっていたかもしれないのだが後の祭り。 結果的に、自分が一番困る患部を1週間近く放置してしまう格好になってしまった。「風邪ではないような気がするんですが……」 で、呼吸器系の検査。今にして思えば、全ての検査が「呼吸器」の方を向いていて「声帯」は全く無視されていた。そもそも「呼吸器科」には「声帯」を診る装置が無いのかもしれない。 結局「咳ぜん息」と診断されてその系統の薬を処方される。それから約4日間、対「咳ぜん息」用の吸引剤を続ける。それが効いたのか、とりあえず「気管支」方面の「痛み」は収まった。やっぱり原因は叩けたのだ。が、「声」が戻らない。 しゃべれない事は無いのだが高音が伸びず音程が不安定。時々かすれるような異音が混じる。とにかくいつもの自分の声ではない。 それは今までに経験した事の無い「治らなさ」だった。新陳代謝にだけは自信がある私は、風邪だろうが炎症だろうが10日以上長引いた経験が無い。それですっかり読み違えてしまったのだ。 このままでは来週早々の「本番」に間に合わない。背中の下の方から嫌な感じがはい上がってきた。(続く)

新年を迎えて……

 明けましておめでとうございます。今年は色々と大変そうですね。イヤ個人的な話。 というワケで「年賀状」のハナシである。 ここ1~2年、次第に「喪中のお知らせ」が増えてきたのは年齢的にしかたないのだが、困るのは「差出人の無い年賀状」である。 去年は、ご家族の様子を事細かに、猫の数まで書いてくださった方がどこの誰だか判らなかった。今年は、「今年で82歳になったので年賀状やめます」と宣言された大先輩がどなたか判らない。「出さない」という方に出すのが失礼に当たるかどうかはともかくとして、新年早々玄関から勝手に不完全燃焼感が飛び込んでくるのはイヤだ。 ……恐らく、年々「プリンター」の精度が上がってきて、昔ほど厳重に「宛て名のプリントアウト」を見守らなくても良くなったのが原因だろう。あと、「プロ」に印刷頼むのが「安く速く」なりすぎて、ついついチェックが甘くなりがちとか…… これら諸々の手っ取り早さに慣れたころには、また新しい不慣れが待っているんでしょうなあ。「新しい事」が「喜ばしい事」でなくなってもう何年になるでしょう? 人類は「Windows95」が出た辺りからそんな無駄な刷新ばかり繰り返していて、たいして前に進んでいないような気がするよ。 その辺どう考えてんだ? ぇえ? GoogleのYouTube班の諸君。